make no statement

音楽や映画、本などの感想や、日々思うことなどをゆるく。

中秋の名月


たとえば居酒屋での話。男子が女子にこんな質問をしたりする。「温泉。脱衣所で着衣を脱ぎ、いざ湯に入ろうとしたら、そこは男湯。真っ裸のあなたのは、一番最初にどこを隠す?」。ある意味、定番のセクシャルハラスメント・クエスチョンであるが、答えが「胸」にしろ「股間」にしろ、その女子のキャラクターとの兼ね合いを見て、男子が女子を冷やかすのが通例であり、かなり無意味な通過儀礼ともいえる。

さて、こんな折、膝を打った答えを返されたことがある。その女子いわく、「胸」でもなく「股間」でもなく、隠すのは「顔」である、と。なるほどな、と、思わざるを得ない次第。顔を隠すことで、一気に匿名性が生じ、「胸」も「股間」も、ただの記号と化してしまう。しかし一方で、「顔」を隠すことで、男心としては「そそられる」という付加価値を生じさせてしまうというメリットもある。まさにマジックである。なんか今日、いけそうな気さえしてしまう。

と、エロ詩吟的な思考の終着駅に降り立った私ですが、すっかり秋めいてきた夜、ひとり歩いていたら、向かいから自転車に乗った女子が。その女子を見ると、なぜか片手で顔を隠している。「えっ!なんで!?」と疑問符が15個くらい浮かび上がった私の横を、その女子は颯爽と駆けていくのであった。その姿にそそられたのは、言うまでも、ない。